2011年1月23日
新京成の京成千葉線乗り入れは2006年12月から実施されていますが、はじめてその恩恵を享受することができました。
所用があり、幕張本郷に行った帰り道、京成幕張本郷駅に入線する新京成・松戸行きの車両に乗り込みました。
そしてそのまま北習志野へ。便利だ!
古くは1955年、新京成が全線開通した年にも京成千葉線への乗り入れを実施していたことがあったそうです。
小学生の時分、1975年頃でしょうか、今より本数が少なかった新京成。
京成津田沼での長い待ち時間の間、5番線ホームから東に延びる線路を眺めながら、どうして使わないんだろうなぁ、と思っていましたので、感慨もひとしおです。
ただその当時は、その線路の先は成田方面だと思い込んでいましたけど。^^;
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通勤で北習志野~京成検見川をほぼ毎日利用しています。日中だけでなく終日直通してくれるようになれば、恩恵が大きいですね。
新京成方面から千葉・幕張新都心への通勤、昭和秀英・渋谷幕張への通学や、千葉方面からの薬園台高校・千葉日大・日大習志野への通学需要も大きいと思います。
ぜひ実現してほしいなぁ。
西習さん、こんにちは。
ワタクシも西習志野には10年ほど住んでいたほとがありまして、中2から社会人までの多感な時期を過ごしております。
直通運転ですが、ほんと、通勤・通学時間帯にこそ運行してほしいですよね。
東西線だって通勤時間帯には東葉高速のみならず津田沼乗り入れの折り返しも通しているわけですから、やればできるはず。
初めてのコメント、失礼致します。
国際製粉を検索して、貴ブログにたどり着きました。
貴ブログを読ませて頂き、懐かしさがこみあげて、ついつい、私はコメントを書かせて頂きました。
私は、1990年迄、船橋市前原にすんでおりました。
当時、私は鉄道ファンでした。
私は、よく、新京成の100型や200型電車に乗って、至福の時をすごしてました。
貴ブログで、お書きになられているように、釣りかけ式のモーターの唸り、新津田沼と京成津田沼間の、吊革が荷棚にぶつかる音を、私は懐かしく思い出しました。
アリガトウございました。
元新京成沿線住民さん、こんにちは。
コメントありがとうございます!
国際製粉の建屋、やはり印象に残っている方が多いみたいですね。
前原-京成津田沼間のきついきついカーブ、戦前は試験線として車両の進化に大きく貢献したのでしょうね。
その後新京成となってからも横転事故など起こすこともなくこんにちまで来ていることは賞賛に値すると思います。
加えて台風などの際も運転見合わせが少ない、強い路線との呼び声も高いです。
そんな新京成と関われた私たちは幸せ者かも知れませんね!(^^)
再度のコメント、申し訳ありません。
今年の12月で、新京成電車が千葉に直通運転を開始して、七年になります。
私は、新京成電車の千葉直通七周年を記念して、本日、松戸から千葉迄、新京成電車に乗りました(「なんとまあ、物好きな!」と言う声が聞こえてきそうな…。)
七という数字は、私にとって、とても縁起のいい数字なのです…。ラッキーセブンとも言いますヨネ…。
それはともかくとして、新京成電車は、スピードアップしてますね(-o-;)!
最高速度は90㎞!! 凄いですね!90㎞ですよ!
20年前に旧型電車に乗った時、電車のスピードは60㎞しか出ていなかったような…。
20年前、松戸から前原迄、約一時間はかかっていました。
それが本日は、なんと、松戸から前原迄、三十分!!
新京成電車の発展を見れて、私にとって、今日はラッキーでした!
アリガトウo(^-^)o
元新京成沿線住民さん、こんにちは。
京成千葉線への直通電車、ちょっと感動ですよね。
あの新津田沼から京成津田沼への下り急カーブを降りると終点、だったのがポイントを超えてさらに進んでいく。感無量です。
鎌ヶ谷大仏~くぬぎ山間が複線化される前は、松戸は遠い街でした。鎌ヶ谷大仏止まり、高根公団止まりがけっこう多かったですし。
やはり複線化が完了して松戸行きがメインのダイヤに代わったことが大きかったですが、その後の車両の新化も時間短縮に大きく貢献していることは間違いないところですね。(^^)v
にしても90km/h出てましたか!
やはり旧型車両がすべて引退して、新京成は次なるステージへと進んだということですね。