坪井の森と桑納川の記憶

小学生のころ、夏になると日大の裏手に広がる雑木林までよく虫取りに行っていました。
1970年代のお話です。

船橋東図書館の通りを東に進み習志野台中の南側を通過、日大理工学部の体育館にさしかかる。
そのあたりで舗装路は終わり、土のあぜ道の下り坂に。

坂を下ると川が流れていて、石の板を渡したような手すりもないような橋があり、川の両側は南北に長い田んぼが横たわる。
お目当ての雑木林は田んぼの向こう側のあぜ道沿い。

カブトムシ、クワガタ、カミキリ。昆虫の王様たちに出会えるのだ。

田んぼと雑木林の間のあぜ道を北上しながら木の幹を観察していくと樹液が出ているところにお目当ての虫たちが群がっているわけです。
まぁ、カナブンやコガネムシといったザコキャラしかいないこともあるし、時にはスズメバチが樹液を吸ってたこともありましたが。

また、足元の草むらにはムシはムシでもとっても危険なマムシが潜んでいることも。
ちょっとどきどきしながらも結局は行くんです。
行かない、という選択肢は少年には、なかった。

冒険の見返りにミヤマクワガタやオオクワガタ、ミヤマカミキリ、ヤマトタマムシなどを見つけたときのドキドキ感は長い人生の中でもそうそう味わえるものでは、なかった。

そこまでレアでなくとも、カブトムシやノコギリクワガタ、コクワガタでも嬉しかったなぁ。

そんな夏夢の楽園、”坪井の森”。

記憶をたよりにGoogleMap上に書き足してみました。
坪井の森
やや雑ですが、さんざん通っていたエリアですので、位置関係はそこそこ合っているかと。

いまや坪井のこのエリアはハイセンスな戸建てが林立し、スーパーやホームセンターが通り沿いに立ち並ぶ”街”ですが、当時は鬱蒼とした木々と田畑に囲まれた自然と触れ合える場所でした。

当時は東葉高速も走ってなかったし、坪井近隣公園も坪井東という町名もなかったし、坪井中さえなかった。
坪井小がようやっとできたころだった・・。

探索の中心は田んぼの東側のあぜ道でした。西側にはほとんど道がなかったので。

いちど西側(坪井中の東側)にも分け入ってみたことがあったけど、業者らしき男がはしごを木にかけて大量にカブトムシを捕獲しているところに遭遇し、ひどく怒られたので避けるようになってしまいました。

東側のあぜ道を北上し、現在の坪井近隣公園のあたりまでいくと、雑木林が終わり視界が開けます。
その先に現れる橋を渡り、坪井町の集落に出て習志野台に戻る、というのが定番のコースでした。

橋の近くには「一級河川 桑納川(かんのうがわ)」と記された立て看板があったのを覚えています。

この桑納川。思えば最初に日大の体育館の脇を下ったところが一級河川の源流付近だったことになります。

現在はマンションが立ち並んでいる習志野台8丁目のあたりが源流です。
でも源流付近でもそれなりに水量があったと記憶しています。

そんなに深くはないけど、もし自転車が落ちたらほぼ水没するだろうなっていう感覚。
土手が斜面で飛びにくいこともあるけど、小学生のジャンプ力では川を飛び越えられないだろうなっていう感触。

子供目線なので広く感じたのかも知れませんが、川幅は2m程度はあったように思います。
現在はこのあたりは坪井川と呼ぶようです。

坪井近隣公園から先、当時看板があったところから桑納川となり、八王子神社のあたりで船橋アリーナのほうから流れてきた駒込川と合流、そのすぐ先で高根台から流れてきた木戸川と合流し、印旛沼の治水のために作られた新川(印旛放水路)へ流れ着きます。

現在ワタクシは松が丘へと移り住んでおり、最寄の川は木戸川になります。

木戸川も、大穴南から来る大穴川、三咲駅近くから来る三咲川、楠が山と神保町の境あたりから来る神保川と合流しながら桑納川へと注ぎます。

いずれも緩やかな川で、流域に田んぼが拡がっているのが特徴です。

坪井はすっかり街になってしまいましたが、これらの川を散策すれば、いまでもかつての坪井の森と似たような景色に出逢えるのではないかと考えているところです。

『坪井の森と桑納川の記憶』へのコメント

  1. 名前:白井 投稿日:2016/12/20(火) 23:22:08 ID:c9fdd0771 返信

    お久しぶりです。
    当時の坪井、懐かしいですね。
    詳細な記述と復元地図で、タイムスリップさせていただきました^_^
    おっしゃる通り、私も当時、坪井でミヤマクワガタを捕まえました。野生のミヤマクワガタなんて、もう見ないと思います。
    ちなみに新川にもよく、ザリガニを捕まえに行きました。

  2. 名前:きたならぱぱ 投稿日:2016/12/21(水) 00:05:29 ID:4ba291999 返信

    白井さん、お久しぶりです。
    坪井の森へ昆虫採集に行ってましたか!
    そしてミヤマクワガタも!
    あそうそう、ザリガニやカエルもたくさんいましたね~!
    当時の習志野台在住の男子にしかわからない夢の国の記憶かも知れませんね。

  3. 名前:きょうこう 投稿日:2017/02/09(木) 17:00:47 ID:51b88f54f 返信

    はじめまして。このHPは結構前からファンで、製粉工場の記事とか楽しませていただいてます。
    今回の坪井の森の記事、とても興味があります。
    自分もこのエリアで遊んだ世代ですが、自分の頃は、川はどぶ川に変貌していて、田んぼは無く、アシやガマが生い茂った湿地帯だった記憶があります。ザリガニをよく採りに行ったものですが、湿地帯の所々に小さい沼があり、水底が全く見えないほど汚く、独特の臭いがするヘドロ地帯で、靴や服が汚れて親に怒られたものです。ちなみにあぜ道に面した木の実幼稚園に通っていました。
    自分がこのエリアで遊んでいたのは80年代に入ってからでした。小学一年生当時なので、昭和56年頃だと思います。既に8丁目のマンションが出来上がっていて、川は勢いよく流れていて、
    川には粗大ごみ等が露骨に捨てられていてとてもじゃないけど魚や生き物が棲めるような状態ではありませんでした。川の東側のあぜ道は当時もありましたね。川からあぜ道までは湿地帯でアシなどの植物が高く生い茂っていたので、普通に歩ける状態でなく、何か所か通路があぜ道までに通っていた記憶があります。ウシガエルの鳴き声が響き渡っていましたね。あぜ道沿いに雑木林があったのも記憶にあります。雑木林は坂になっていて、木の実幼稚園を見上げる感じでしたね。
    その雑木林は自分の頃もかぶとむしのスポットだたのですが、実際にゲットした話はあまりなく、自分もカナブンしかゲットできなかった記憶があります。そのあぜ道を北上した先の、現在の坪井公園のあたりの記憶は全くありません。
    きたならぱぱさんの時代は1970年代とありますが、そのころには田んぼがあったんですね!8丁目のマンションが建つ前。。あの辺はどんな感じだったのでしょうか!?自分が記憶する、中央に一本流れていた川、自転車や電機製品が捨てられた汚いどぶ川・・あの川も70年代ごろはきれいで、フナやドジョウなどが棲めるような小川だったのでしょうか!?雑木林も自分の時代よりかぶとむしやクワガタが棲みやすかったのしょうかね。あの雑木林でミヤマクワガタなんて凄すぎです!ただ、川の西側は全く記憶がないんです。
    自然豊かだったあの頃の坪井エリア・・なんだか興奮気味で記事を読ませていただきました。

  4. 名前:きたならぱぱ 投稿日:2017/02/09(木) 23:53:29 ID:db8d0fef0 返信

    きょうこうさん、こんにちは。
    ファンなんていうありがたいお言葉、恐縮です!
    おなじ景色を共有してくれる人がいてワタクシも嬉しく思います。
    ワタクシの80年代は社会人になる前後でしたので、もう坪井の森に行くことはありませんでした。
    が、やがて松が丘に移り住み、子供ができて幼稚園に上がった2000年ごろに散歩ついでに立ち寄ったことがあります。
    その時はきょうこうさんのおっしゃるとおりの状況で、田んぼは荒れ地になり果て、立ち入り禁止のロープが張られ、あぜ道には蜘蛛の巣が横切っていて人の出入りがなくなったことを示していました。
    人が来ないなら虫は生息しやすいかも、とも思いましたが雑木林もなんか生き生きしていないというか、葉が白っぽくて腐りそうな感じで、樹液が出ていそうな感じではなくなっていました。
    子供たちに虫が見せられたらいいかな~なんて思っていましたがそんな期待がもてるような環境ではなかったです。
    さらに進むといずれ船橋日大前駅になる場所一帯はすべての草木が取り払われ、土砂に覆われた土木工事現場と化していました。
    そんな状況を目にしていましたので、いまのきれいな街並みを普通に受け入れられるというか、思い出の地を潰された悔しさはあまりない感じです。
    70年代はまだ田んぼでしたよ。
    足を突っ込んでヒキガエルを捕まえました。
    8丁目のマンションのあたりはたぶん造成中だったのではないか、と思います。
    というのも何かが邪魔して入り込めなかったような記憶なんです。
    子供なら川沿いををさかのぼって見に行くと思うんですが、、いや、行こうとした記憶はあるんですが、、何かがじゃまで行くことが叶わなかった、、そんなあいまいな記憶しか残っていません。
    その付近の川はフナやメダカが来るほどまでの清流ではなかったと思いますが、ドジョウくらいならいた可能性はあると思います。
    田んぼの中腹のほうはコンクリートでしたが、上流は草が生える土の斜面でしたので。
    桑納川になるあたりも割と自然な川岸だったように思います。

  5. 名前:きょうこう 投稿日:2017/02/14(火) 20:55:12 ID:959f2127c 返信

    遅れてレスしますwとても興味のある「坪井の森と川」なので。もう一度記憶をフル回転させて思い出してみたんです。坪井川の上流ですが、たしかトンネルから水が流れていた。。そのトンネルとは8丁目のマンションの下から。。なんか土管のようなものがあった記憶が。。土管から流れる川でザリガニを探してた??なんかそんな曖昧な記憶。小さい沼地がたくさんあって「底なし沼」っていうエリアがあって、そこで靴を持ってかれて泣いていた女の子に自分の靴をあげて帰った。。昭和56年頃の話です。色々調べたのですが、1970年代に、坪井川上流付近にあったテレビ等の部品を作る工場がカドミウムを流し、田んぼが死活の状況になり、田んぼ運営できなくなったところに土地ブローカーがあの土地を買いあさった。。のような情報を得ました。なんか合点がいく感じです。それまでの美しい田園は失われた。。数年の差でそんな風景を見られなかったことがとても残念です。なんとなく浦安の黒い水事件ににてますね。でも坪井川上流は自分の遊んだ頃はマンションが既に出来上がっていて。。あの辺が坪井川の上流エリアで素敵な、風景が存在していたのかと思うと・・・当時の風景が見たい!
    なんか言いたい放題のレスですみません。
    もう一度あの頃の坪井川エリアの風景と自分が知らない、田んぼがあった頃の風景を見てみたいです。

  6. 名前:きたならぱぱ 投稿日:2017/02/16(木) 01:07:54 ID:9ebeb29d4 返信

    きょうこうさん、こんにちは。
    >なんか土管のようなものがあった記憶が。
    あぁぁぁ、あったかも!
    崖(鉄板?)みたいなところから2本突き出ていたような記憶が蘇ってきました!
    その手前の土地も造成がはじまっていて土管に近づけなかった・・・ような。
    70年代からすでに8丁目の開発は始まっていたかもです。
    カドミウム汚染ですか。
    折りしも豊洲でも大騒ぎになっていますが、高度経済成長期だったからあっても不思議はないですね。
    2000年ごろに見た死んだ森も土壌汚染があったとなれば合点がいきます。
    にしても、森が死ぬほどとなるとけっこうな汚染量なんじゃないかなぁ。
    さて、現在、我が家の近所の木戸川では護岸工事がおこなわれていて、両岸に遊歩道が整備されつつありますが、ちょっと当時の坪井川上流に似てるかな?って思うときがあります。
    近々記事にしたいと思っています。

  7. 名前:タカベビー 投稿日:2018/11/06(火) 23:17:22 ID:bf15ddc51 返信

    私も1974年生まれの8丁目育ちです。
    小3の時に引っ越してしまったのですが、サンハイツに住んでいた友達と何回かザリガニ釣りに行っています。甲虫類は誰かがクワガタを見つけたって噂は聞いたけど、ちょっと奥までは進んで行けなかった記憶があります。懐かしさを求めて、先日その付近を通ったら住みやすそうな街に変貌していて、もう私の知ってる場所ではないなって思いつつも、サンハイツは健在で私が住んでいた借家もボロボロになってはいたけど、まだ健在で童心に帰れました。

    • 名前:きたならぱぱ 投稿日:2018/11/08(木) 00:11:53 ID:0a36a867f 返信

      タカベビーさん、こんにちは。

      サンハイツから南側の街並みは当時とあまり変わっていないですよね。
      それでもそろそろ築後40年を越える建物が増えてきていますので、少しづつ建て変わっていってます。
      でも北側は面影もほとんどないほどに変わってしまいました。
      かつてクワガタやカブトムシを探しに行っていた森は、いまはレンガ(イイテ)やら100円グッズ(ダイソー)やらを求めに行き、ついでにドライブスルーでハンバーガー(マック)やら牛丼(すき家)を買って帰る街に。実に便利です。
      特にイイテの駐車場から日大の体育館を見上げていると、過去の自分の残留思念に触れることがあります。
      ここは自分にとってのパワースポットだな、と思う次第です。

  8. 名前:きょうこう 投稿日:2018/11/15(木) 06:47:59 ID:cfad292ad 返信

    この記事にコメントが更新されていたんで思わずコメントしてしまいます。
    あの時の坪井エリア大好きな自分です。
    日大体育館側の当時の様子がどうしても思い出せないんです。川の東側のあぜ道と雑木林は今でも鮮明に思い出せるのですが。。西側って道も何もなかったですよね?
    そう、今マックがあるあたり。。どぶ川には見知らぬ子達が遊んでいて同じ学校ではないな(自分は習二)・・なんて思ってて北習志野の歩行者天国でまたばったりその子達に合ったり。今思えばその子達は習一小の子達だったんだなって。(薬小や高郷小かも?)あのエリアはそういう出会いもありましたね。いい思い出です。
    →タカベビーさん
    8丁目には借家エリアがたくさんありましたね。自分は5丁目ですが中屋商店の先の交差点を渡って(この交差点にはみどりのおばさんがいた)右手にわたべ商店があり、左手に借家エリアがあって友達がたくさんいました。タカベビーさんとは同い年なので遊んだこともあるかも?ってかたぶん遊んでます。なんかニックネームに覚えがありますよ。クラスは違ったけど。。(当時も同じニックネームでしたよね?)そう、当時はサンハイツやメゾンエクレーレ、スカイハイツにも同級生がたくさんすんでましたよね。もっぱら坪井の川でザリガニを釣りにいったものです。

  9. 名前:きたならぱぱ 投稿日:2018/11/17(土) 21:49:31 ID:2ec6116e0 返信

    きょうこうさん、こんにちは。

    日大体育館側ですが、体育館東側斜面の中腹あたりには行き止まりの道があり、家が少し建ってました。行き止まりの先は森で、道はありませんでした。
    その森がちょうどマックのあたりですね。

    行き止まりだったはずの道は、現在は右に折れて下り、クリーニング店の裏手の道へとつながっているのを犬の散歩をしながら確認しました。

    その道と家は下の田んぼから見てもあんまり見えない感じでしたし、田んぼの西側には道がなかった上に川が流れていたので、そっちの森のほうには近づくことができなかったですね。

    その近づくことができなかった森が、現在マックやガスト、日大前駅を挟んですき家、福太郎、セブンが立ち並ぶ小高いエリアになります。
    そして、ガストの裏手には今もその森の一部が残っています。

    東側のあぜみち道を木の実幼稚園よりも北のほうまで進んで行くと小さな橋があり、田んぼの西側に行けましたけど、道らしい道はなく深い森でした。

    しかも現在の地形とあわせて考えれば、高くて登れなかったんだろうな、って思います。

    さらにさらに北上すると、車が渡れるくらいの橋が出て来て、そこを渡ると農家の集落がありました。本文に書いた「一級河川 桑納川(かんのうがわ)」と記された立て看板があった橋です。
    現在の坪井近隣公園のいちばん北に橋が残っています。看板はなくなってますが、当時からあった河川の計測施設らしき四角い建物はボロボロになりながらも残っています。

    • 名前:きょうこう 投稿日:2018/11/19(月) 17:54:17 ID:ff5214562 返信

      きたならパパさん、詳しく位置関係と当時の情報を教えていただきありがとうございます。Googleマップで過去の写真を見ながらきたならパパさんの情報を参考に当時の
      あのエリアの探索して楽しめました。今日は仕事が休みだったので歩いて行ってみました。Googleマップで過去の写真を見ると川の西側にあった森ってとても広い森だったんですね!坪井エリアの人たちがいう「坪井の森がなくなった」っていうのはあの森の事だったんですね?ガストの裏手にまだ森の一部が残っているというとの事なので森の横の遊歩道を歩いてみました。まだカブト虫が生息できそうな感じでいい雰囲気を残してますね。人口の小川がサラサラと流れていて子供たちが生き物を探していました。たしかに森側の地形は高く、当時田んぼだったエリアを見下ろす感じになりますね。当時の自分は川の東側のあぜ道に面した森の記憶しかありませんが、現在のイイテやカワチの裏手に少しだけ森の名残が残っていますね。
      目立って高い大木が何本か残ってました。クリーニング屋の裏手の道も歩いてみましたがその行き止まりだった道は当時歩いたことがなかったと思います。なんか近づき難かったのかな。。桑納川は駒込川と合流する所まで何年か前に歩いてたどったことがありますが、ホテルJUNのあたりの田んぼが健在なのに川は汚く、覗いてもザリガニ一匹いなさそうな川だったのでとても残念に思いました。新川と合流する手前あたりになると鯉やらブラックバスなどが生息してるんですがね。かつてはそんな桑納川も源流が8丁目のマンションあたりから始まり、西、東に田んぼを
      設けていたんですよね。。清流ではなかったにしろ、生物が生息できる素敵な流れを湛えていたなんてなんとも素敵な光景だったんでしょうね!!
      長いコメントになってしまいましたが、今度は是非、木戸川の記事をやっていただきたいです!(あの川も生き物はいませんが素敵な雰囲気ですよね!)

      • 名前:きたならぱぱ 投稿日:2018/11/20(火) 12:48:29 ID:ad53a1e75 返信

        きょうこうさん、こんにちは。
        散策されたんですね!

        森が少し残されているのはなかなか粋ですね。
        小川が流れている遊歩道沿いも犬の散歩に適していて時々利用しています。

        かつて行き止まりだった道は数件の住人しか通らない雰囲気があって入りづらかったような気がします。

        坪井の森、広かったですね。
        当時、入ってみたかったものの田んぼ側からは入れなかったので、反対側の道のほうから入れそうなところを探してやっとこさ分け入ったのもつかの間、業者っぽいおっさんに遭遇して怒られた次第です。

        駒込川との合流点付近は残念な感じですよね。
        でも、そこからもう少し下流に行くと木戸川との合流点あたりから両岸が遊歩道として整備されたエリアに差しかかります。
        そこまで行くと水量も豊富になってきて、魚も生息可能かと思います。

        さらに下流へと向かうとやがて八千代市に入り、遊歩道も終わります。

        逆に木戸川方向には遊歩道が続き、ワタクシの住む松が丘まで整備されている状況です。
        こっちが我が家の犬のメインの散歩エリアです。

        ここ2~3年でずいぶん綺麗になったんです。
        船橋市、がんばりました。(^o^)//

        今年の春先には数匹の魚が遡上していくのを目撃して感動しました。
        魚の種類は詳しくないのでわかりませんが、体長10~20cm程度はありました。

        写真もある程度撮ってあるので、そろそろ重い腰を上げて記事にしたいと思います。(^^;