3街区の解体、はじまる。

4月になりました。

ついに解体のときが来たようです。

4月5日、西友前の入口が封鎖されました。

大量の鉄パイプをクレーン車で降ろしています。
12街区の住人はここを通って西友で買い物してましたから。
悲しみに出会うたび、あの人を思い出す。

4月6日、垣根が刈り取られ、なんか妙にすっきり。

ガキの頃から見慣れていた垣根ですから。
寂しさもひとしお。


3号棟の前はまだ残っていますが、時間の問題です。
虚しさに悩む日は、あの人を誘いたい。

4月6日、代わりに駅側からフェンスが立てられていました。

フェンスで囲まれたあとは、いよいよ解体でしょう。
さらば、涙と云おう。

4月7日、フェンスが西友前の入口あたりまで来ました。

近くで見ると意外と高めに立ててます。

悲しけりゃ、ここでお泣きよ。

4月8日、フェンスはもうすぐ3号棟。

西友前の入口にはドアが設置されました。

ふたりでドアをしめて ふたりで名前消して

コメント

  1. 帰ってきた船橋市民 より:

    最後のは歌詞ですね

    • きたならぱぱ より:

      帰ってきた船橋市民さん、お久しぶりです。
      です~わかっちゃいま、すよね~(^^;
      寂しいなぁ、虚しいよなぁ、と思ったときに、小学生の団地住まいのときにポータブル電畜で聴いた中村雅俊のLPのことを思い出したのがきっかけでした。
      で、今回はなんか思いついたものを入れてみようかと。

  2. 元新京成沿線住民 より:

    ご無沙汰しております。きたならパパ様、お元気でしょうか? そうですか……。思い出の場所が、また一つ、無くなってしまうのですね……。失望とは違うのですが、淋しさ、或いは、喪失感を、今、私は感じております。ましてや、きたならパパ様は、幼少期から青年を、その思い出の場所ですごされたのですから、そのツラさ、いかばかりでしょうか……。しかしながら、たとえ、思い出の場所が、無くなろうとも、私達の想いの中で、団地の建物は、「活き続ける」のでは無いでしょうか? 私は、そのように思うようにしています……。でも、ツライ!!

    • きたならぱぱ より:

      元新京成沿線住民さん、こんにちは。
      ほんと、残念ですね。
      高根台団地の一部は改修して残ることになったので、同じようにならないものかと思わざるを得ません。
      もっとも、高根台団地でも駅に近い一帯は取り壊され、URのマンションや戸建に建て代わりましたので、駅近な3街区は仕方ないのかな。
      でもワタクシが住んでいた12街区も比較的近いからなぁ。
      いつかなくなってしまうのかも知れません。

タイトルとURLをコピーしました