歴史

きたなら周辺

船橋と新京成@郷土資料館

船橋市郷土資料館で開催されている 船橋と新京成 の企画展示を見に行ってきました。 チラシをもらってきました。 よく見かける高根木戸駅のかつての写真がノスタルジーを掻き立てます。 3階展示室に入ると、部屋の中央に島が...
千葉県

取掛(とりかけ)西貝塚

船橋市内に国指定の史跡になるかも知れない貝塚があるようです。 取掛(とりかけ)西貝塚という名前で、飯山満町と米ケ崎町にまたがる規模。 ということは船取線の芝山団地入口から吹上のあたりの起伏があるエリアかと思われます。 約一...
千葉県

千葉時代「チバニアン」が地質学上の時代として追加へ

千葉県市原市の地層に、地球のN極とS極が入れ替わった痕跡が発見され、地質学上の重要な記録であることから「国際地質科学連合」が約77万~12万6000年前の時代を代表する基準地に内定し、時代名を「チバニアン」と命名するとしたことがわかりました...
きたなら周辺

坪井の森と桑納川の記憶

小学生のころ、夏になると日大の裏手に広がる雑木林までよく虫取りに行っていました。 1970年代のお話です。 船橋東図書館の通りを東に進み習志野台中の南側を通過、日大理工学部の体育館にさしかかる。 そのあたりで舗装路は終わり、土のあ...
きたなら周辺

国際製粉 千葉工場

2016年10月8日 以前、新京成の車窓から見えていた、木造なのに5階建てもの高さのこげ茶色の要塞のような建物について「昔日の新京成」という記事の中で書きました。 たくさんの方からコメントをいただき、それは「国際製粉 千葉工場」だったこ...
歴史

割烹旅館 玉川

玉川旅館 正式名称は「割烹旅館・玉川」。 船橋市役所から北西に100mほどの場所にある由緒正しい温泉旅館です。 創業は大正10年。 国の登録有形文化財として登録されています。 当時の写真を見ると、玉川旅館の眼前には遠浅の海が広がっていた...
歴史

小室台遺跡

そういえば広報ふなばしに小室台遺跡の記事が載っていました。 知らなかったなっしなー、と思って読んでみると、調査をはじめたのが平成20年で27年3月までかかったということなので、関係者以外は知る由もない。 しかも記録保存ということで、現地は...
歴史

津田沼の今昔@郷土資料館

2013年6月8日 広報ふなばし6月1日号に「昔のまちへ小旅行」と題した記事が掲載されています。 記事によると、「前原」ってかつては「まいはら」と呼んでいたそうです。  なお、平成15年に町名呼称を「まいはら」から「まえばら」に変更してい...
歴史

写真展「むかしの習志野台 子供達のいる風景」

2011年5月27日 いつもフレッシュなコメントをお寄せいただいている、当ブログでは常連さんの白井さんから教えていただいた写真展「むかしの習志野台 子供達のいる風景」を観たくて船橋アリーナに行ってきました。 船橋アリーナは9:00~21:0...
歴史

船橋東消防署・今昔

北習志野駅からほど近い、南東およそ100mのところにある消防署です。 現在は上の写真のように、ごく普通の消防署ですが、かつては空港の管制塔のような立派な火の見やぐらが特徴的な建物でした。 第一小のときに、社会科見学で火の見やぐらに登ったこ...
歴史

写真が語る船橋の百年@船橋市郷土資料館

2010年3月20日 薬園台にある船橋市郷土資料館で開催されている、小企画展「写真が語る船橋の百年」を見に行ってきました。 ちょうど、3月16日からはじまった「船橋のアルバム 変わりゆく街の記録」の展示写真もあわせて見ることができました。 ...
新京成

昔日の新京成

ワタクシがはじめて新京成に乗ったのは、小学校2年生の頃、おそらく昭和46年(1971年)だと思います。 その当時は北習志野~京成津田沼の範囲しか乗車していませんでしたが、印象深く心に残っています。 習志野駅脇のイイダ家具を過ぎると見えて...
歴史

昔日の津田沼

2008年11月20日 ワタクシがはじめて津田沼の地に降り立ったのは、小学校2年生の頃、おそらく昭和46年(1971年)だと思います。 その頃の津田沼は今と大違いでなんにもない町でした。 国鉄津田沼駅の南側は千葉工大のみで、あとは畑と空き地...
北習志野

昔日の北習志野 その1

2008年11月1日 ワタクシ、小学1年生のときにこの街に引っ越してきました。 東京・杉並区のアパートから、昭和44年・・・1969年の終わりごろ。 習志野台団地の12街区に入居しました。 12街区は出来たばかり(おそらく習志野台団地では最...
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